歯科と認知症

4年ほど前、高齢者の男性の患者さんの異変に気付いた。

口の中は汚れが多く残っていて虫歯も増えていた。前々から通っていた人なので、この急激な変化に気付いたのである。

スタッフも受付での対応がいつもと違うと感じていたようだ。ただ近所ということもあり、1人で通院していたので家族と話はできなかった。

そのうちズボンの尿染みに気付いた、スタッフが入った後のトイレが汚れているのに気付いた。ここで家族に電話する。

娘さんが診療所に来た。謝りにきたのだが、別に謝って欲しくて呼んだのではない、認知症の疑いがあることを話すと、ウチでも感じているという話だった。すでに母親は認知症で入院中、それを勝手に連れ帰ってきたり、収入を弟に全部渡したりして、家計が苦しんでいること、そして本人の性格から病院に連れて行けないことなどを聞いた。確かに過去には色々な団体の役職をしていたらしい、診療所でもエラソーではあった。娘さんは「もっと認知症が悪化して寝たきりになるのを待つ」と言っていた。

そこで包括に電話した。自宅を訪問して話を聞いたそうだ。なんとか病院を受診するよう説得して、その後の歯の治療には娘さんが一緒に来るようになった。抜歯し、削って、詰めて、被せて、掃除して、入れ歯を作って調整して、いよいよ最終日に、その高齢者の男性は俺の腕をポンポンと叩き「ありがとうな...」と言って帰っていった。

今日、4年ぶりに娘さんが来た。

あの後、短期入院から老健に入って、ほぼ寝たきり状態になったそうだ。母親は亡くなったらしいが父親には伝えていないそうだ。

「あの時、先生が包括に連絡してくれたおかげで話ができて、前に進むことができました。ずっとお礼が言いたかったのだけれど、やっと今日言えました」と目を潤ませて話をされた。最初に会ったときのきつい眼差しはだいぶ温和な感じになっていた。

「認知症と歯科」の関係ってあるの？と思っている人は多い。多分、歯科医師でもあんまり関係ないって思っている人がまだ多いと思う。

もちろん、しっかり噛めるということが認知症の予防になるなんて話はあるけれど、定期検診に通っていてくれれば、わずかな変化にも気付く事が出来る。早期発見は本人にも家族にもプラスが多い。

治療で感謝されることは多々あれど、包括に連絡したことに家族から感謝される事も増えてきた。歯だけ診てればいい時代は終わった。ちゃんと対応できる歯科医師が増えるといいなと思う。